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2015-08-13 17:47 | カテゴリ:日記
わたしは誰なんだ?とフト思う。
中学生の時に、自分の内側のようでもあり外側のようでもあるところで思いついたことを、ハッキリと覚えている。

「よし!地球のルールを学ぼう。勤めを果たすには地球を理解してから。」

その瞬間からコミュニケーション術の習得に熱心になったこともハッキリ覚えてる。

自分の内側のようでもあり、外側のようでもあるところから色々指図や注意を促されていた。
「もうちょっと、丁寧に見直して」とか「そっちへ行くと危ないよ」って。
道徳的、真面目。

20歳の頃、その「導き」に反抗したくなって言った。
「うるさい!わたしは自由にしたいから、もう放っておいて!」
その瞬間から、「導き」はピタリと止んだ。

20歳辺りから「導き」から離れて、ごく一般的な生活を一通り体験してみたら、楽しかった

いつ頃からか、わたしの人生は上手くいっていないように思えてきた。
人生を模索していたら「導き」のことを思い出した。
「導き」を拒絶したのが間違いだったのかもしれない、と思ったのでまた呼んでみた。

「指図がうるさくて拒絶したけど、自分の思う通りに生きても上手くいきませんでした。どうか応えてください。ごめんなさい。」
「導き」と繋がりを戻すのはしばらく時間がかかった。

最近は困っている人が目の前にいると「カチっ」とスタートの合図が聞こえる。
しばらく寄り添う。
相手が「問題は自分の見方にあったのかもしれない」と口に出した時、「任務ごくろうさま」みたいな合図がくる。

わたしは誰なのか、「導き」は何なのか。
ハッキリとは分からないけど、「導き」とともに生きることは努力なしの状態に近い。
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